ものまちぐらし

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設計事務所で働く、都市計画コンサルタント兼一級建築士。まちづくりのことや激務の中でのちょっとした生活の楽しみについて書いてます。

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【出産/妊娠】旦那から見た「子どもができるまで」

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「ねぇ、子どもが欲しい。マジで」

 
とある日のことだった。晩ご飯をいつものように食べていると奥さんが急にかしこまって「話がある」というもんだから、何だろう?と思ったら、ついにである。
 
ぼくは、別に子どもを特段欲しいと思ったことがない人間だった。子どもが嫌いなわけではない。塾講師を2、3年やっていたこともあり、その時も子どものことはそれなりに好きで仕事を続けていた。
 
けれども、子どもが欲しいとはどうしても思えなかった。周りの人間と言えば、「結婚は別にしたいとは思わないけど、子どもは欲しい」とか女子みたいなことを言いだす男友達や、結婚するタイミングがもうよくわからないから、「この際子どもでも作って成行きで結婚したい」とか言う最低な奴、「子どもが欲しいから結婚した。というか結婚のメリットそれしかなくない?」って奴もいたけど、「子どもが欲しいとは思わない」と言い切るようなぼくみたいな人間は周りには全然いなかった。全然いないもんだから、生命の誕生を素直に望めないぼくは何か欠落しているのだろうか?とちょっと心配になったこともあった。
 
何故子どもが欲しいとは思わないのだろう?と改めて考えてみると色々と思い当たることはある。詳しくは以下の記事を読んでもらいたいが、簡単にまとめるとこんな感じ。
 
①世間的に子育ての問題がたくさんあって、子育てにネガティヴな印象を持っちゃう。
②子育て中の方が苦労話ばかりで楽しく子育てしてなさそう。
③自分の時間が過ごせなさそう
④夫婦2人の今のままでも十分に楽しい。
 
 
とまあ、色々と理由をつけては子どもが欲しいとは思っていなかった。何よりも100%の気持ちで子どもが欲しい!と言えないのにも関わらず、子づくりをしても良いのかもわからなかった。冷たい言い方をすると、子どもをつくるということは、夫婦の身勝手な行動によってのみ生まれる産物であって、子どもが本当にこのどんどん混沌としていく世界に産まれたいと思うのか、産んでみないとわからない。というか産んでもわからない。そんなことを悶々と考え続けていた。
 
まあ、ただ奥さんも20代後半。そろそろの年齢である。
 
この事実だけがぼくに刻一刻と結論を出せと突きつけてきて、何かしらの結論を出さないといけないと感じていた。
 
結婚する前から、ぼくは常々子どもが欲しいとは全く思わない人間であることを再三言い、奥さんはすぐとは言わないけどいつかは欲しいと再三言っていた。けど、お互い自分の意見を言うだけ言って、それ以上の話し合いはしなかった。いつかはこの「子ども」という問題にリアルに直面するだろうと薄々感じていたけど、お互い何となく避けていた話題が「子ども」だった。
 
そういう何となく夫婦にしかよくわからない緊張感、それはある種のパンドラの箱みたいなもの、まあパンドラの箱まで秘匿のものではないけど、屋根裏にしまってある奥さんの高校時代のプリクラ手帳くらいは開けてはいけないものがある中で、奥さんが何の前触れもなく、箱、いや、手帳を持ってきて目の前で開けてきたのだ。
 
年齢の問題
2人の子どもを得ることでより家族になりたい的な話
子どもは最低でも2人は欲しいと思っている的な話
 
何だかいろいろと言われた気がする。
 
ぼくは何てそれについて答えただろう。いきなり目の前でプリクラ手帳が開いたもんだから、そしてその手帳を開けてみたら予想以上に見たくないものが貼られていたもんだから、何を言ったかよく覚えていないけど、たぶん「何も考えてないわけではない。じゃあ、まあ、がんばるか、、、まあ、でも、焦らず、、、」的な歯切れのよくない回答をしたのだと思う。そして、そこから避妊をやめた。
 
ただ、覚えているのは、この時点で、ぼくは親になる!という決心を完璧に持てているわけではなかったということだ。
 
 

子づくり期

それが、確か11月とか12月とか年末くらいの時期だった。
 
子づくりをしよう!ということになってから、さっそく奥さんがぼくのスマホに、「コウノトリ」というアプリを入れ始めた。

 

コウノトリ:カップルで共有できる『妊娠・妊活サポート』アプリ

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このアプリは奥さんの生理周期から排卵日を予測し、妊娠しやすい日を教えてくれるというもの。
 
直接奥さんから「今日排卵日だから早く帰ってきて」と、言われるよりもまだマシかもしれないが、アプリ内でコウノリが「今日は妊娠しやすいよ!」みたいなことを言ってくるのは、軽くプレッシャーだった。しかも、そういうことを言ってくるのが1週間くらい続くので、ちょっとキツかった。てか、仕事も繁忙期だったため、早く帰るのも難しい時期だったから尚更キツかった。
 
何というか、その日に夫婦の営みをするのをスマホに強要されているかのような、そんな気分。男ってのは意外とセンチメンタルな生き物で、それは普段おくびにも出さないけど、そういう生き物なんですよ。これまた。
 
で、そんな時にこんな本を読んだ。
 
週末妊活の本
 
 
焦らず、ゆっくりやってこうぜー!ヤってこうぜー!みたいなことが、書かれてある本。
 
焦ることで、妊娠もしづらくなるみたいなことが書かれてあった。
そうだよな。焦ることなんてないよな。なんて思って、それとなく奥さんにこの本の話をしたら、とっくに読んでいるとのこと。読んだ上で、「まあ、特段大したこと書いてなかったよね」とのこと。
 
マジか。ぼくはそれとなく、焦らず、ゆっくりヤってこうぜー!と言いたかったのだけど、「大したこと書かれてない」なんて言われたら、もう何も言えねー
 
で、妊娠した。
 
いや、何の脈絡もなく書いてみたけど、あれこれ気を揉んでも仕方ないよなーと心持ちになった1ヶ月後には妊娠が発覚した。
 
たまたま何だろうけど、ある程度気持ちの問題ってあるのかな?と思った出来事。
 
 

妊娠発覚(6週目くらいまで)

妊娠が発覚したときのことはよく覚えている。
 
テレビを寝転びながら見ていたら奥さんがトボトボ歩いてきて一言ぼくに言うのだ。
 
「妊娠したかもしれない」
 
この時、ぼくはまず何を思ったか?すごく覚えている。ぼくはこう思ったのだ。
 
「かもしれない」ってどういうこと?
 
いや、当時妊娠検査薬をどう使って、どうなれば、発覚と言えるのか?そして、その発覚と言う確度はどのくらいなのか?全くもって知識がなかった。
 
そんなの妊活しはじめたなら、まず身につけておかないといけない知識だったかもしれない。
 
けど、知らなかったんだもん。ごめんって。
 
だから、まあ「かもしれない」という語尾がすっごい気になった。これまで、言っても不妊に苦しむ人にとってみれば大したことないけど、数ヶ月かかった、初の妊娠発覚。
 
ここで、ぼくが手放しで「ヤッター!!」と喜んで、病院行ってみたら、「やっぱ妊娠してない」なんてことになったら、奥さん、めちゃめちゃショックじゃない?
 
そんときに「やっぱ妊娠してなかった」と報告するときの奥さんは一体全体どんな感情になるのだろう。いや、かなりショックが大きいだろうな。。。
 
時間にして本当にコンマ何秒って感じ。
 
そのコンマ何秒にいろいろとあれこれ考えて、ぼくが出した結論とは
 
「お、おぉぉぉ。。。マジか。。」
 
だった。
 
こうやって文字に起こすと、本当にぼくは最低な旦那かもしれない。かもしれないけど、この時はしょうがなかった。だって「かもしれない」って言うから。
 
「できた!」
 
と今はもう見ることができないビストロスマップばりに声高らかに妊娠を宣言してくれたら、もう少し喜びようがあったのかもしれないけど、「子供ができた、、かもしれない」って言われると、なんて反応するのが正解なのだろうか?
 
まあ、奥さんの心情察するに、「かもしれない」という語尾を使ってしまうのは、よくわかる。妊娠検査薬が十中八九、的確に妊娠したかどうか当ててくれるものと知っていようが、医者に確約もらうまで、わからない。だから、「かもしれない」と言った気持ちはわかるし、まったく奥さんは悪くないんだけど、今思い返すと、ぼくの反応については、もっと何か良い反応があったのではないか?と思わずにはいられない。
 
 
後日、産婦人科に行って、妊娠が完全に発覚した。それが妊娠5、6週目のこと。
 
 

つわりの時期(妊娠7〜15週目くらい )

妊娠が発覚してからというものの、まずはぼくが楽しみにしていた旅行の予定をキャンセルした。
 
超楽しみにしていたから、あからさまにガッカリしていた。子どもができたことは本当に喜ばしいことなんだけど、本当に行きたかった旅行だから本当にガッカリした。
 
本当に奥さんには申し訳ない。
 
ただ、弁明をすると、この旅行が夫婦でする最後の旅行だと思っていたのだ。
ぼくは旅行が本当に好きなんだけど、8年もの付き合いになるわりに奥さんと2人で旅行に行くことは少なかった。基本的に休みが合わないからだ。
 
さすがに夫婦になってからは、していないけど、付き合っている時は、彼女が仕事している日に1人で旅行に出かけていたこともあったので、ぼくとしては割と旅行しているのだけど、奥さんと2人での旅行って少ないと思っている。
 
そんな2人での旅行を20代の若いカップルのうちに最後にもう1回くらいしたかった。そう思ったのだ。ただ、妊娠したからには旅行は控えた方が良いとのこと。
 
妊娠したら旅行すら行けないのか?とまだ何も知識がないぼくは思った。
奥さんなんて、旅行先で車の運転も何もしないで、ただ呑気に助手席に座っているだけなのに、それすらもできないものなのか?
 
当時のぼくは、正直そんなことも思っていた。
 
ただ、結果的に旅行に行かないで正解だった。
ちょうど旅行の予定の時期に奥さんが絶賛つわりでそりゃもう、苦しそうだったからだ。
 
ってことで、ぼくは妊娠をするということが女性にどれだけの負担になるのかということを、学ぼうと考えた。
 
巷に溢れている妊娠のハウツー本では、実際の女性の辛さは伝わってこない。
ってことで、小説家の川上未映子のエッセイを読んだ。
 
君は赤ちゃん
 
これ、本当に絶賛妊活中の旦那さんは読んだ方が良い!
 
なんかもう、川上未映子があまりにもヒステリックで旦那の阿部和重さんは気の毒でしょうがないけど、これ読んどけば、奥さんがどんなに豹変してもある程度冷静に対処できると思います。
 
実際に奥さんはそこまでヒステリックにもならなかったけど、目まぐるしく変わる女性の体事情を何となく把握することで、妊娠って本当に大変なんだなーと思い、少しは奥さんに対して気遣いの仕方が変わってくると思います。たぶん、ぼくは変わったはず。
 
あとはこちらの本もよかったですね。
 
 
 言わずと知れた漫画コウノドリのモデルとなったお医者さんが書かれた本です。
 
もうまさにダンナのため!と書かれてあるとおりの内容。
 
まずは、こちらの本を読んで、医者から見た客観的な知識、経験談。
そして川上未映子のエッセイを読んで、女性から見た体験談。
 
この2冊読んどけば、少しは心構えが変わるはず!
 
こうして、つわりの時期が終わる。
 
 

安定期(妊娠16〜35週くらい)

実際は、安定期って16〜27週くらいのことを指すみたいなのだけど、旦那から見た感じとしては、出産予定1ヶ月前くらいまでは、なんか安定してるように見えた。
 
ここらへんは、安定していたので、とくに記憶がない。ないったらない。何してたんだろう。
とりあえず、奥さんが行きたいといったところに連れていったり、奥さんの体調も機嫌も良さそうな時期に、個人的にやりたいこと、行きたいところに行っちゃおう!ってことで、勝手にやらせてもらっていたように思う。
 
一瞬、奥さんが妊娠していることも忘れかけてしまうくらい安定していたけど、だんだんと膨らむ、そのお腹を見ていると嫌でも子どもがいることを意識せざるをえなくなってくる。
 
「嫌でも」っていうのは、冒頭にも書いたようにそこまで親になる!という決心が持ててなかったんですよ。私。ええ。
 
もうね、全然実感湧かないの。親になるという実感が。あと数ヶ月でこのブログを書いている家に、子どもが住むという実感が。
 
ただ、ちょっと安心したのは、奥さんと一緒に行った、行政主催の出産前の夫婦が集まる教室的な場での他のお父さん方のお言葉。
 
そこでは、父親予備軍たちと一同に話す場が設けられていたのだけど、全員「実感が湧かない。」って言っていた。本当に俺は父になるのか??と思っている人がたくさんいた。
 
そう聞くと、自分は有象無象の男どもの一人なんだなと安心した反面、ありきたりな至極一般的な悩みを持っていて、すこし悲しくもなったりした。
 
 

直前期(妊娠36〜40週くらい)

いよいよ出産予定日まで残り1ヶ月。
 
この時期になってくると、もう、お腹を見ると、うようよと動いているのが目に見えてわかる。ほんと、怖いくらいお腹が動いてるのね。
 
その動きが、生命を感じて、本当に怖くて、恐ろしくて、この世に生命を誕生させるという責任?、、、みたいなものが押し寄せてきて、身が引き締まる思いを感じた。
 
とはいえ、まだこの時点でも父になる!という実感は持てずにおりました。私。
 
 

そして、出産!

ついにである。ついに。
 
もう、どんぴしゃり。初産は遅れるとかよく聞くのだけど、予定日前日に陣痛がきて、その夜に入院。死闘の末、産まれた。死闘したのは奥さんだけど。
 
ぼくは、仕事の都合がつき、夜の入院時からつきっきりで、股からベイビーが産まれてくるその時まで付きそうことができた。
 
結論からいうと、旦那は何としてでも出産に立ち会った方が良いということ。
これ、見るのと見ないのとでは、いかに出産が大変なものか、いかに奥さんが死にそうになって産んで、産後は体力が落ちまくっているか、よくわかる。
 
立ち会うと見たくないものも見ることになるとか、よく言うけど、とくにそんな感じはしなかった。ぼくが立っていた位置からは、子どもが出てくるところしか見えなく、うまいこと見てはいけないものは隠れていた。どちらかというと、見なくてはいけないものをしかと見届けられた!という感想だった。ぼくは。
 
陣痛時は、とくに今思うと、とてもシュールな体験をしたなーと思う。
だって、奥さんのケツの穴にテニスボールをずっと押し込んでいたんだもの。
そうすると、陣痛の痛みが分散されて、少しは楽になるということらしいのだが、もう全然痛がっていたので、効果があったかは定かではない。けど、後日奥さんに聞くと、少しは効いていたみたい。
 
ケツの穴にテニスボールを押し込み、腰をさすりながら、その光景を俯瞰してみていたぼくは、なんかすごくシュールな光景だなーこれ。とか思うのと反面、目の前で痛みまくっている、これまで見たこともない奥さんを見ていると、何だか込み上げているものを感じ、目頭が熱くなり、柄にもなく、「がんばれー!がんばれー!」と言っていたのを覚えている。めっちゃシュール。
 
そんなこんなで、およそ半日の死闘の末、子どもが産まれた。ついに。
 
 

産後

こうして、我が家に新たにメンバーが加わった。家が一気に狭くなった。
冒頭から申し上げている父になる!という決心は、未だに感じられず。よくわからない。どうなったら父なんだ?
 
けど、予想以上に子どもが可愛い。
  
この記事で、人生の主役はあくまで俺だ!とか恥ずかしいこと書いてあるけど、主役を子どもに譲ってあげたくなる気持ちもわからなくもない、と思った。そんくらい可愛い。確かに。
 
でも、その一方で、ぼくはぼくでちゃんと楽しい人生を、自分が主役の人生を歩んでいないとなと、改めて強く感じた。それは、自分自身のためでもあるけど、子どものためにもそうなりたいと思ってる。
 
きっと、父が自分自身の人生を楽しく歩めてないと、きっと子どもに対しても「あーしろ!こうしろ!」と、とても口うるさくなってしまいそうな気がするからだ。それは、子どものことを思って言っていると思うのだけど、どこかに自分自身の後悔や、まだまだ未来がある子どもに嫉妬している一面もきっとあるからなのでは?と思う。
 
父が楽しく、自由気ままに自分の人生を歩めているなら、きっと子どもが進む道にも、(法律を犯してない限り)とやかく言うこともないように思う。そう改めて思った。
 
父になるという決心、心構えは未だによくわからない。 
 
だけど、父は父で勝手気ままに楽しく生きる。だからお前もお前で勝手気ままに楽しく生きろ!そんで、お互いが自由気ままに進んだ道が交わるところでは、楽しく協力しながら、一緒に歩んでこう!
 
とても抽象的だけど、そんなことを今は思っている。
そして、それは奥さんに対してもそう思っている。母は母で勝手気ままに楽しく生きろと。
 
さて、これからぼくの心境はこれからどういう風に変わっていくのだろうか。
父、いや、ひとりの人間としてのプライドとしては、上述の想いは護っていきたい。
現実はそう甘くないかもしれない。けど、ここからはこのプライドを護っていく子どもとの戦いが始まる。
 
そんな感じ!