ものまちぐらし

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設計事務所で働く、都市計画コンサルタント兼一級建築士。まちづくりのことや激務の中でのちょっとした生活の楽しみについて書いてます。

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上位計画は必要か否か?〜なぜ私は「建築」をやらないか? 「建築」をやるか? ― 嶋田洋平×藤村龍至〜

先日の記事に引き続き「なぜ私は「建築」をやらないか? 「建築」をやるか? ― 嶋田洋平×藤村龍至」を見たうえで、考えたことについてまとめてみたいと思う。

 

 

 

 

気になった論点は「上位計画は必要か否か?」

 

上位計画は不要!とは言い切れない…

この論点に対して、藤村さんは「必要」、嶋田さんは「不要」だった。

 

正確に言えば、嶋田さんは不要というか、上位計画を定めて、それが本当に実行されることがどの程度あるのか?また、実行されるまでどれだけ時間がかかるのか?だったらできる人たちだけでさっさと地域活性化させた方がいいじゃん、ってことだったように思う。

 

ここでもリノベ派の僕は、上位計画不要!と言いたいところだけど、現在、都市計画コンサルとして働く中で上位計画の策定、検討に携わる身として、あまりそんなことは言えない。

 

ただ、携わっている身として、半ば愚痴みたくなってしまうかもしれないが、常に感じていることがある。

 

上位計画を策定するにあたって、関係主体が多すぎて計画内容の調整が困難

上位計画にもよるけど、建築や都市計画に関連する主だったものといえば、都市計画マスタープランや住宅マスタープラン(住生活基本計画)。

 

これらをつくる主管は都市計画課や住宅課などだろうけど、策定に至るにあたって、数多の関係部局との調整が必要になる。

 

交通、子育て、高齢福祉障がい者、環境、景観、エネルギー、etc…

 

これらの関係部局との調整や別途これらの関係部局で策定を進めている上位計画との整合などなど、とにかく調整が大変だ。

 

まあ、僕はコンサルの立場なのでこれらの調整を主体にやることはなく、基本的に都市計画部局の担当者が行うことが多いので、実際の大変さはわからないが、これらの調整によって、本来盛り込みたい内容が盛り込めなくなるなどの事態は間々あり、その都度、計画の修正を求められるので、コンサル側としても大変。

 

というか、大体計画の修正を求められる理由は消極的な理由が多いので、げんなりとしてしまう。

 

消極的な内容にげんなりし…

これまで、僕が関わってきたマスタープランの策定業務では担当者や策定委員の先生にも恵まれ、近隣都市と比較したらそれなりに個性的なプランを策定てきたと思っているのだが、世のマスタープランを見ると大体消極的だし、既視感に富んだ計画になっていることが多い。

 

それなりに個性的なプランとは言ったものの、この消極性、既視感というものには、かなり心当たりがある。

 

マスタープランに書かれてある言葉の語尾に着目すると、大まかに以下の2つのパターンがみられる。

 

①「〜する」、「〜行う」といった言い切り型

②「〜検討する」といった今後やるかもしれない感じを匂わす型

 

このうち、①の言い切り型を使う場合は既にほぼ行っていることや庁内で合意がとれていることがほとんどで、まだ手がつけられてないことについては、②の「検討する」と言っておくか、もしくは計画自体から省かれることが多い。

 

この「検討する」って言葉がかなり都合の良い言葉であるため、厄介であると同時に密かに担当者やコンサル側が何とかねじ込んだ 内容が込められたりしているので、実は着目して欲しいことが書いてあったりするものなんだが、、、

 


ここまで、書いてきてなんだか哀しくなってきたぁぁああ!!



せせこましいのだ。。。書いてあることがせせこましすぎるのだぁぁああああ!!!



急にテンションがあがったんだけど、ここなんです!たぶん。

 

行政職員がなぜ嶋田洋平という建築家が好きなのか?と藤村さんは提起していたんだけれども、ここなんです!藤村嶋田対決の感想から内容が遠ざかっていく一方だったけど、ここで戻る!

 

この感情の昂りを明確に表現できる術を僕は持ち合わせておらず、自分の文章力の無さをとても恨む。

 

行政職員は、上述したような「せせこましさ」。これを感じているからこそ嶋田さんに惹かれるのではないかと思うのだ。

 

行政職員だって、真剣にまちを良くしたい!その一心で仕事に取り組んでいる人はたくさんいる。けれども庁内の調整を通して、「これはダメ」「あれはダメ」「この内容は誤解を与えるから言い切らないで」的なことを散々言われ、最悪の場合は「近隣市に倣って」なんて言われることもあることだろう。

 

基本マイナスしていく方向なんだよね。生み出そうとするような議論が全くないとは言わないけど根本的に少ない。そういうところ閉塞感を感じてしまっている職員は多いのだと思う。

 

行政職員が求めるようになるもの

こうなってくると、行政職員は何に期待するか?「個の力」なんです。

 

本田圭佑もW杯で散々言っていた「個の力」。これを求めてくるようになるんです。きっと。

 

面ではなく点。一点突破してくれるような、一人でガンガンゴールを決めてくれるフォワードのような、そんなものを求め始めるようになるんです。

 

実際、上位計画をはじめ、用途地域や地区計画などなど、都市計画の規制をかける時は、もしかしたら来るかもしれない点取りフォワードを邪魔しないように規制を決めている部分。こういうところが少なからずあると思う。

 

こういう規制をかける都市計画の仕事ってのは「最高の最低限」を決める仕事だと、僕は思っているのだけど、どこかしら、そんな救世主を待っている気持ちを包み隠せないところがある。

 

そして、そんな救世主、個の力として、少人数でガンガンとリノベを進め、一点突破していく嶋田さん。

 

そんな彼が行政職員にとっては、とても魅力に映るのだろう。

 

僕の目にもそう映る。

 

だって、何かまちが変わっているような気がするんだもん。

 

リノベに孕む危険性はわかるけど…

この「変わっているような気がする」ってのが厄介。

 

なぜそう思うかってことを突き詰めて考えて、それをもっと面(大きな)の計画に反映させていかなければならない。でないとリノベーションはただの流行りで廃れてしまう。藤村さんが言いたいことはここだと思った。とても納得。

 

けど上位計画ってのは、先に書いたように、もはや、調整ばかりが必要な組織的な問題も孕んでいる。色々論点が飛んでしまうから書かなかったけど、上位計画を作った後のPDCA(Plan計画 Do実行 Check評価 Act改善)が機能していないことが往々にしてあることなども問題だし、他の上位計画と整合しないといけないとか、色々めんどくさすぎる。

 

決して上位計画が不要とは思わない。思わないけど、これらをより機能させていくには、組織や上位計画の在り方。こういった根本から考えていかないと、上位計画はどんどん薄っぺらくなってしまう。

 

けれども組織、上位計画そのものの在り方、こんなことから考えていたらとても時間がかかる。だったら、個の力でガンガン突き進んでっちゃえよ!そしたら、まちだけでなく上位計画も何か変わるかもね?

 

そんな淡い期待をどうしても抱いてしまうのだ。